秘曲『空の向こうがわ』(間宮芳生作曲)

東京都の「アートにエールを!」への応募作品として、妻とともに一本の演奏動画を投稿し、無事採用されました。

曲は、間宮芳生作曲の『空の向こうがわ』という曲です。

えー、ちょっと気恥しいような動画になってるんですが(笑)、是非ご笑覧ください。

この曲、とにかく好きなので、ちょっと語っちゃいます。


この曲ははじめは合唱曲として出会った曲で、2008年の北とぴあ合唱フェスティバルの間宮芳生特集において、静岡児童合唱団がアンコールで歌ったのを聞いたのが最初でした。

こどもたちのまっすぐな力強い声でこの曲を聴いたとき、不意に胸が揺さぶられて涙が出てしまいました。隣で聴いていた先輩の指揮者、山脇さんも感動していて、目を潤ませていたのもよく覚えています。

その後、2014年に町田市の中学生と早稲田グリー現役の合同演奏を指揮する機会をいただいたとき、どうしてもやりたくてこの曲を選曲しました。なかなか曲の深みを伝えるのが難しかったですが、本番は素敵な音に満たされて幸福な時間でした。


この曲は、もともと千葉県立千葉東高校の創立50周年のために委嘱され、1991年に作曲・初演されました。

だいたい公立高校の記念歌は、「歴史を讃え、風土を愛し、未来へはばたけ」みたいなフォーマットがありますね。
(かくいう私も、高校時代に母校の創立百周年記念歌の作詩をしたことがありますが、フォーマット通りの見事な五七調四行詩を編み出しております)

ところがこの曲の詩は、間宮芳生さんがある日見た夢をもとに、友竹辰さん(バリトン歌手の故・友竹正則さんのペンネーム)が詩を書いたもので、おおよそその内容は記念歌のフォーマットとは結びつかないものです。

間宮芳生氏自身の言葉を引用してみましょう。

戦争と公害でけがれた地球から、空の向こうがわのもう一つの地球に旅をした夢だ。そこには武器も軍隊も、動物を飼う檻もない世界で、動物の肌をしたやさしい人間が住んでいた。そんな未来を、この地球の人間はつくれるだろうか。

(カワイ出版『リーダーシャッツ21日本のうた篇』

不思議な航海をして、船に乗ってずーっと行ったら、見たことのない、まったく地球上ではないらしい大陸に着いて、そこに素敵な人たちが住んでいた、という夢を見たんです。
バラの花の花粉になって、夢の中で、蜜蜂の後ろ脚にくっついて・・・これは僕が前にやった記録映画の蜂の、ローヤルゼリーのコマーシャルの(笑)。そのほかにアメリカの先住民族の神話の世界、東西に色があって、白が東で、橙が西で、青が北で、そういうのといろんなのが混じりあって作曲したというものなんです。

(第9回北とぴあ合唱フェスティバルでのトーク・2008年)

間宮氏は1970年代の初めから環境問題への関心を示し、自作の中に直接的でなく一種のアイロニーとして自然と人間の共生を描きこんでいます。合唱のためのコンポジション第7番「マンモスの墓」などはその嚆矢となる作品でしょう。

自然と人間の共生、という視点からラップランド地方サーミ族のヨイクや、アメリカ先住民族の口承文学にも早くから注目しています。言葉を伴う声楽や合唱作品だけでなく、器楽作品にもその影響は大きく現れます。

同種のテーマを包含しながら、美しく歌いやすい旋律で、わかりやすい言葉によって書かれた作品として、この『空の向こうがわ』は間宮氏の全作品の中でも異彩を放っていると思います。

間宮芳生=難しい!と思っている方にこそぜひ聞いてほしい。こんな曲も書いてたのか、って驚いてほしいですね。


歌曲版は2017年に音楽之友社から出版された『間宮芳生歌曲集』に収録されました。実は合唱版とはメロディーや伴奏がほんの少し違います。

楽譜入手後、いつか歌いたいと思いつつなかなか機会がありませんでした。幸い妻もこの曲を気に入ってくれて、二人で作る最初の演奏動画作品に取り上げることにしました。

二人で作る最初の、と言いましたが、そうなんです。妻と二人で何か共演するというのはこれが初めてなんです!
(同い年で、長いこと同じ業界にいたのに、全然活動領域がかぶってなかったんです。これはほんとに不思議。)

動画の説明欄にも書いたのですが、この曲には、ここではないどこかへの強い憧れとともに、何かが変わってしまったこの世界への拭いきれない懐古も込められているように、私には感じられました。

コロナがあったからそう感じるのか、それとも自分自身の変化なのかよくわかりませんが、でも間宮芳生の音楽の中には、厭世的なもの以上に、それでもこの世界を肯定する暖かなまなざしを感じることができます。

このまなざし、やさしさこそが、間宮芳生の本質に近いと私は思います。


これは余談ですが、

間宮芳生が学校に委嘱されて書いた歌のうち、これまた大好きな曲がもう1曲。

青森県立青森南高等学校校歌(作詩:木島始)です。

「おーややや おーやーややや」というハヤシコトバで始まる変った校歌として、三善晃×宗左近の「電波ゆんゆん」に匹敵する知名度を誇って(?)いるのですが、もう単純に曲がカッコいいのです!

学校の公式サイトに立派な録音が置いてあるので是非聞いてみてください。

http://www.aomoriminami-h.asn.ed.jp/introduction/song.html

音楽

Posted by Taku Sato