『遙かな友に』誕生70周年記念リモート合唱編集後記
日本語の合唱曲で、幅広い世代・広範囲の地域で歌われる愛唱曲は結構ありますが、おそらくその中でも最も愛唱されてきた歴史が長いのは、磯部俶作曲の『遙かな友に』かもしれません。
この曲はもともとは無伴奏四部男声合唱曲で、1951年7月、早稲田大学グリークラブの合宿の最中に、早稲グリOBで当時の専任指揮者だった磯部俶(1917~98)によって一晩で書き下ろされたのがその始まりです。
早稲グリ関係者であればだれもが知るエピソードで、現在でも定期演奏会のアンコールの最後に4年生のトップテノールパートリーダーのソロとともに歌われる、大事な作品です。僕も現役時代からOBになった今に至るまで、数えきれないほど歌って(指揮して)来ました。
早稲グリOB会では、この曲の誕生70周年となる今年7月12日に、グリーの現役・OB有志によるリモート合唱に挑戦し、生前の磯部さんの肉声とともにYouTubeに公開しました。まずはその作品をどうぞお聴きください。
磯部さん自身がこの曲の誕生秘話について語っていますが、実はこれについては異説がある、というか当時の部員の証言によれば磯部さんのジョークが多分に含まれているのだそうです。
またこの曲、早稲田グリーでは長らくA durで歌われておりましたが、この演奏では半音上のB durとしています。これは作曲者の意図としてはB durが「正調」であったらしく、近年発売された『グリークラブアルバムClassic』ではB durに改められたこともあり、今回はこの調を採用しました。
今回70周年を祝うにあたって、原典に当たること、作曲の経緯について当事者の証言を残すことにも注力しました。OB会特設サイトには、今後も様々な記事が掲載されていく予定です。
http://waseglee-ob.sakura.ne.jp/press/harutomo70th/
上記のリモート合唱作品は、OB内でリモート制作にある程度慣れていた私が担当することになりました。
手前味噌ですが、相当リアルの合唱に近いサウンド、アコースティックになったんではないかと自負しています。
この人たちが実際に集まって歌ったらこうなるんだろうなあ、と想像しながら、わずかなタイミングやピッチのズレはそのまま残して、一体感よりは”個別感”が表れるように配慮しました。
というより、何もせずともグリーメンの歌声は一体感があり、勝手に「早稲田らしい」サウンドになっていくのです。リモートなのに本当に不思議。
残響はすみだトリフォニーホールを意識してつけてみました。なんでこんなトリフォニーっぽい響きになったか、自分でも何をしたかよくわかっていません(笑)。
一人一人が曲への想いをもって、またこの曲が呼び起こすグリークラブの思い出を抱えて、丁寧に真剣に歌ってくださったからこその演奏です。やはりそれぞれの歌声にエネルギーがあると、単にソフトで重ねただけでも心を揺さぶります。
参加した方からは、自分の送った音源がこんな立派な合唱になったということに驚き、編集過程で相当メスを入れていれたんでしょう、とねぎらいの言葉をかけられることもありますが、実はそうでもありません。
生々しさやライブ感、個人の表現の発露を削り取ることはせず、できるだけありのままを肯定しながら、指揮者の目線でわずかに軌道修正を加える・・・リモート合唱制作における私の基本スタンスです。
(何より大変なのはノイズ除去とバランス調整。ノイズ除去はある意味流れ作業ですが、バランス調整は一人一人の声と向き合うことができる音楽家冥利に尽きる時間です)
早稲グリも他の大学合唱団、OB合唱団の例にもれず、コロナ禍のため満足のいく練習ができない状況が続いていました。
それだけに、離れていても一つの曲を共に歌い、その古希を祝うことができるリモート合唱制作は、まさに好機というべきでした。(遠くはスペインから参加された方も!)
参加総数は86名、年齢幅は19~92歳。最高齢の澤登先輩は、『遙かな友に』を初演した4人のパートリーダーのお一人、まさにレジェンドです!
シンプルで美しく、歌う方にも聞く方にもじんわりと沁みる名曲。30年後の100周年の時にもきっと日本中で愛唱されていることでしょう。
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