日本の民謡を聴くには(参考資料その2)

以前の記事「日本民謡について調べるには」では、楽譜と歌詞を中心として、音楽的な面から民謡をリサーチする参考資料をご紹介いたしました。

今回は、“音”で民謡そのものに触れるための参考資料(音源)を紹介したいと思います。

そもそも民謡は作曲されたものではなく、民衆の間から自然発生的に生まれ磨かれていった音楽ですから、楽譜というものが存在しません。記譜されたものは、あくまでも民謡の音構造を最低限のレベルで記録するためのもので、その記譜通り歌を再現しても元の民謡にはなりません。

ここが民謡を題材にした作品を扱う上で一番難しいところで、意識ある作曲家ならば、音符では民謡の色合いやエッセンスを表現しきることは不可能であることを知っているはずです。しかし演奏者側はそうと知らず、書かれたものを金科玉条のごとく堅く信じて、音符通りの演奏をしてしまいがちです。

民謡の本当の姿は、常民によって歌われた音そのもの、の中に映し出されるはずです。

ということで、民謡を知るには、昔の普通のおじいさん、おばあさん、おっさん、おばちゃんが歌った録音を聴くのが一番です。手に入りにくいものが多いのですが、是非一度触れてみてください。

①日本民謡大観(日本放送協会出版

大観が平成に入って復刻された折、NHKが保管していた録音資料をリマスターし、9つの地方でCD10枚ずつ、つまり全90枚のCDとその解説書が付録として添えられました。

とにかく曲数が半端ない!ざっと2800曲近く入っています。
録音年代も戦後間もなくから昭和後期までと幅広く、もはやこの録音でしか知ることができない民謡が山のように収録されています。

大観の楽譜を見ながら聞いてみると、採譜の過程でいろいろな要素(コブシやユリ、歌詞のバリエーションなど)をあえて記譜していないことが分かります。編者の町田佳聲も記譜の限界を当初から悟っていたようで、音源の重要性を早くから唱えていました。

【聞く方法】
国立国会図書館など、大きな図書館には所蔵されていることが多いです。
東京では港区立図書館がなんと貸し出しをしてくれます!
限定生産なのでCDの現物を入手するのは困難ですが、ありがたいことに全曲iTunesで購入が可能です。

②日本労作民謡集成(ビクター)

1964年、町田佳聲の監修・構成・解説によって第19回芸術祭に出品されたLP6枚組。音源の整理は高齢の町田に代わって弟子の竹内勉が行いました。

労作民謡」というのは町田の造語で、農作業などの労働をしながら歌われる唄のことで、一般的には仕事唄と呼ばれています。
このアルバムでは仕事の種類(畑仕事、運搬業、臼を使った仕事など)によって唄を分類し、日本各地の民謡を並べて比較できるような構成になっています。

ここに収められている録音は、大観と重複するものもありますが、多くは町田の私家版で、ここにしか入っていない録音も多数あります。
長崎県諫早地方の「米搗まだら」は、間宮芳生さんの編曲で合唱になっていますが、その元歌はこのアルバムでしか聞くことができません。はじめてこれを見つけたときは興奮したなー!

収録曲は300曲ほど。大観と並んで古い時代の常民の歌声を聴くことができる非常に貴重な音源です。

【聞く方法】
大観に比べて流通量が少なく、なかなか市場では巡り合えません。
CD化もされておらず、図書館などでLPを地道に探すか、オークションなどで買うしかありません。
ちなみに私はヤフオクで800円で落札しました。

③日本のワークソング・日本のハーモニー(キング)

1991年にキングレコードが発売したシリーズもの「日本民族音楽」の中の2枚で、ワークソング=仕事唄とハーモニー=集団歌唱の民謡を聴くことができます。

これらの録音の最大の特徴はとにかく音がいいこと!録音自体は昭和の終わりから平成はじめぐらいのものだと思いますが、ステレオ感があり空間を感じさせるサウンドになっています。

常民の民謡ではなく、民謡歌手によって歌われた“民謡歌謡”も含まれていますが、民謡保存会などによって歌われたものはなかなか豪快で野性味があります。
一番のおすすめは「ワークソング」のほうに入っている「線路搗固め音頭(宮城県)」。自然発生的な合唱であり、心地よいミニマルミュージックであり、アフロアメリカン的な大地の響きも感じられます。

【聞く方法】
新品はないようですが、中古でよく出回っています。
公立図書館にも置いてあるところが多いので、比較的入手は容易でしょう。

いわゆる民謡といってよく想像されるもの、すなわちステージ上で着物を着た歌手が、三味線や尺八などを伴奏にマイクを持って一人で歌っているものを、僕は「民謡歌謡」と呼んで区別しています。区別しているだけで決して卑下はしておりません(笑)。

日本の酒造り唄、日本の紙漉き唄(阪田美枝・編)

これは④までの音源とはちょっと毛色が違っています。編者の阪田美枝さんは専門の研究者ではなく某私立大学の事務局で働いていた方。酒造り唄と紙漉き唄の魅力に取りつかれ、休日に日本各地の酒蔵、紙漉き場へ出向き、たった一人の手で生きた民謡を採集し、まとめられたのです。

紙漉き唄が1992年、酒造り唄が1999年の発行。
阪田さんが民謡採集の旅をして回っていた時は、すでに仕事の現場で唄を歌う習慣は途絶えていましたから、唄を知っている古老を訪ね、丁寧にヒアリングし、唄を思い出してもらいながら録音してもらったのです。

アマチュアの仕事とはいえ、その執念と徹底した取材ぶりはお見事。収録されている歌も素朴で飾りがなく、滋味あふれた素晴らしいものです。

【聞く方法】
自費出版だったため、市場に出回った数がとても少ないです。
一部の公立図書館や、「日本の古本屋」などの古書サイトで入手可能です。

[番外①]復刻 日本の民俗音楽(日本伝統文化振興財団)

ここから先は、厳密には民謡ではないジャンルですが、「常民の声」の成り立ちを理解するのに役立ちそうな音源を番外として紹介します。

この「復刻 日本の民俗音楽」は民俗音楽学者の本田安次先生が監修・編纂された一大セットで、分厚い解説書とCD36枚のBOXです。

ここで取り上げられる「民俗音楽」は、民謡を除く様々なジャンルの芸能、歌謡を指しており、例えば神楽や寺社仏閣の神事芸能、田植踊りや念仏踊りなどの録音が収められています。
これらの芸能が民謡に与えた影響は無視できませんし、なにより形としてかなり古い形式を保ったまま現在まで残されている芸能から、日本人の「声」の本質を感じ取ることができます。

一部の方にはピンとくると思いますが、間宮芳生のコンポジションシリーズの元ネタをたくさん見つけることができます。「ツクセバウキナノタ-ツニモンド」とか「せ~んや~はーあれさーはんさ~」とか。

収録曲を下記サイトで確認することができます。
http://www.heibonnotomo.jp/japaneseworld+index.id+10.htm

【聞く方法】
高価なBOXセットのため、あまり世に出回っていません。公立図書館でも置いているところはかなりレアです。もし見つけたら絶対に聞いておくべきでしょう。
私は中古品をネットショップで購入しましたが、なかなかのお値段でした・・・。

[番外]小沢昭一編「日本の放浪芸」シリーズ(ビクター)

これは有名なアルバムですね。俳優である故・小沢昭一氏のライフワークで、門付け芸や獅子舞、萬歳、物売り、説教説談など、道端で演じられる大衆の芸能を、その周辺のサウンドスケープと演者へのインタビューをふくめて立体的に記録した大作です。

複数枚のCDボックスがシリーズでいくつも発売されています。2012年に小沢氏が亡くなって、再度その価値が注目されるようになりました。

私個人としては、「常民の声」がどんなところで発生し、どのようなバリエーションがあるか、という音響の面から民謡を考えるのに非常に有用な資料です。小沢氏の案内の声も癒し効果があって、環境音楽としても効果的かも(笑)

【聞く方法】
新品・中古ともに現在でも入手は比較的容易です。
有名アルバムなのでだいたいどこの図書館にも置いてあると思います。


ほかにもオススメあるのですがひとまずここまで。

ぜひ一度、昔の「常民の声」を浴びてみてください。“民謡っぽい声”のステレオタイプなイメージが大きく崩れると思いますよ!

民謡

Posted by Taku Sato