十種発声考(二)〜十声十色〜

 

一年前の2022年4月に書いたブログ「十種発声考(一)」は、おかげさまでたくさんの方に閲覧いただいております。今も毎日のようにアクセスがあるようです。

記事では、十種発声の目的とその意義について、おもに「ニュートラルな声」という発想を軸に解説しましたが、個々の発声法についての解説は省いていました。

これらの声を文章だけで伝達することは甚だ難しい(いうよりほぼ不可能に近い)んですが、「十種発声に興味あるけど、どんなんよ?」という方々に向けて、ほんのライトな内容ですがまとめてみようと思います。

はじめにはっきりと申し上げておくと、この記事を読んだだけでは十種発声はできるようになりません。最初の段階では、必ずこれらの声を教えることのできるトレーナーのもとで、客観的なフィードバックを受けながら取り組むことを強く勧めます。

(各種発声の解剖学的な説明は最小限にとどめています。僕自身まだまだ勉強中なので、専門家の方の知見やご指摘いただければ幸いです。)

基本の十種発声

①吸気発声(ザリザリ)

吸気、すなわち息を吸いながら声を出す発声のうち、ザリザリ、あるいはバリバリした音を発するものです。音色はゾンビのような声、あるいはデスボイスの”グロウル”に近いです。
特定のピッチに収斂しない、できるだけノイジーでランダムな音を目指します。音色によって声道の開き具合、喉頭位置が分かります。リラックス(弛緩)傾向の強い発声で、ウォームアップの準備としても最適でしょう。

②吸気発声(クリーン)

吸気で、ファルセットの音色できれいな声で音を出します。はじめのうちは鳴らしやすい母音・出しやすい高さで発声し、慣れてきたら喋ったり音程をつけて歌ったりしてみます。同じピッチで吸気と呼気を行ったり来たりする笙(雅楽の楽器)的な唱法も可能です。
声帯の伸展トレーニングのほか、呼吸筋の強化にも大きな効果が認められます。声帯そのもののマッサージ効果もあり、固くなってしまった声帯筋のリリースにも使えます。ファルセット音域の閉鎖筋にアプローチしているので、裏声が全く出ない方には入り口としてオススメ。

③吸気発声(ケトル)

息を吸い始めたらすぐに喉で息を止め、その状態を保ちながらさらに息を吸うと、ケトル(つまりヤカン)の笛の音のような超高音が出ます。しゃっくりの時に一瞬出る高い音を持続させる感じです。初めのうちは首の青筋が出るくらい必死に息を止め喉を絞ることもあります。
声帯の収縮と閉鎖を強め、地声の響きを安定させるほか、一時的に過緊張させた筋肉(主に胸鎖乳突筋)を一気に弛緩させる効果もあります。ほぼ同じやり方で低音のカリカリした音(吸気のエッジボイス)を出すこともでき、そこからケトルへ移行することも。

以下からは呼気、つまり息を吐いての発声です。

④エッジボイス

ヴォーカルフライとも呼ばれる、声帯をカリカリ(あるいはパリパリ)と鳴らす発声です。映画『呪怨』の伽椰子の声としておなじみ(?)。
声帯筋の緊張を伴わず、緩んだ声帯の縁だけで軽く音を出します。リラックス傾向が強い発声ですが、声門閉鎖の感覚をつかむのにも有用です。慣れてきたら、エッジ→地声→エッジをシームレスに移行させるエクササイズを様々な音域で行います。

⑤カルグラー唱法

声帯の上方にある仮声帯を使った発声法で、中央アジアのトゥヴァ共和国の喉歌の技法のひとつです。声帯と仮声帯(かせいたい)を同時に振動させ、仮声帯の振動数が声帯のちょうど半分(つまりオクターブ下)になった時に、独特な低音の響きが現れます。
ヒューマンビートボックスなどで「喉ベース」と呼ばれるテクニックとも通じています。普段は意識的に使わない発声法ですが、咳払い、怒鳴り声、ジャイアンの声真似などから入り口を見つけることが多いです。仮声帯コントロール力の向上と、低めの地声の閉鎖を助ける効果が特に認められます。

⑥ホーメイ(喉詰め)唱法

カルグラーと同じくトゥヴァの技法のひとつで、喉を詰めたダミ声のような音色です。同じく仮声帯を使った発声で、カルグラーよりも仮声帯を閉鎖させ、その振動数を声帯と等しくすることで倍音成分を強調します。声帯原音と特定の倍音がよく響くので、二つの音を同時に出す発声とも言えます。
よく似た音に浪曲師の歌声や魚市場の競りの声などがあります。かなり強く声門を閉鎖しますが、全身の呼吸筋をフルに使う必要があり、呼気圧のトレーニングやアッポッジョの感覚の獲得にも援用できます。またホーメイに取り組むことで、倍音を聞く「耳」が開かれて音色への解像度がグッと上がります。

⑦フクロウの鳴きまね

ファルセットで、その名の通りフクロウのような音色を模倣します。喉頭を下げ、顎を開けて唇を少し前に突き出し、声道をできるだけ広く・長くすることで、暗くくぐもった声になります。
音色のほかのイメージでは、空き瓶に口をつけて息を吹いたときの「ボォ~~」という汽笛のような音、というのもあります。うまくいくと第2倍音以上の倍音がほとんど聞こえなくなります。
喉頭を下げ、声道を広げるエクササイズで、クラシカルな歌唱におけるフォルマント同調と呼ばれるテクニックにも通じます。同じ音色を吸気で行うのも効果的です(吸気のフクロウ)。

⑧ヤギの鳴きまね

これもそのまんま、ヤギの鳴きまねをします。「めぇ~」あるいは「べぇ~」と発声しながら細かく声を震わせます。喉周りに不要な緊張や力みがないこと、息が一定のスピードで流れていることが必要で、その聞こえ方とは裏腹にかなりリラックス傾向の発声です。
うまくできれば音域を広げていき、また母音を変えてエクササイズします。普通の歌の旋律をすべてヤギの声で歌ってみる、ということもやりますが、これで自分では気づいていなかった癖(喉に力を入れている、息が停滞しているなど)を見つけることもできます。

⑨息混じり声

息をたくさん含ませた声で、「やりすぎた玉置浩二のモノマネ」というと一定以上の人には伝わります(笑)。息混じり状態は普段は忌避すべきものとされていますが、息漏れを保ったままピッチを安定させて発声するには繊細な声帯筋と呼吸筋のコントロールを必要とするため、あえて取り入れています。
初めのうちは息と声の比率を7:3ぐらいにして、徐々に6:4→5:5→4:6→3:7・・・と比率を逆転させていき、声帯の開閉を微細に観察します。また同じ比率を保ったまま5度またはオクターブでグリッサンドさせるエクササイズもあり、これは声区のミックスにも効果が認められます。

⑩ヨーデル

これはスイスの山岳地方のヨーデルの発声練習で、「ソーミ↑ード」の音程を「ヨーオーリー」と歌います。一音目をしっかりとした地声で、二音目と三音目は抜けの良い裏声にします。地声から裏声に代わるときに、瞬間的にひっくり返るようにするのがポイントで、地声と裏声をはっきりと分離させ、それぞれを強化するためのエクササイズです。
一音目を明確な地声にするため、開始音をC~D(ヘ長調~ト長調)ぐらいでやるのがよいでしょう。「ソ→ミ↑」の2音だけを繰り返すとひっくり返りの感覚をつかみやすくなります。(このひっくり返りには、実は声帯筋以上に喉頭蓋付近の動きが関与しているようです)

十種発声アドヴァンス

基本の十種は主に呼吸と喉頭操作に関わる動きをメインにしているのですが、上部共鳴腔(喉頭蓋、咽頭、口蓋垂、口腔など)から体全体まで使ったいくつかの発声を「アドヴァンス」と呼んでいます。実際の歌唱に効果があるものあれば、とりあえずなんか変な音が出る!という驚きを共有するだけのものあります(笑)。

これは本当に文字での説明が難しいので簡単なコメントのみ。詳しくは是非レッスンで!

①猫の鳴きまね(吸気)

基本は吸気のクリーンで、息を吸いながら「ミャ~オ」と猫の鳴きまねをします。呼気で猫の真似をするときとやり方がちょっと違います。喉がよく開いていて、咽頭上部に狭窄部がある状態で、この状態で呼気で声を発するといわゆるシンガーズフォルマントが乗りやすい楽器の形状になっていることが多いようです。

②ピロピロ笛(前)

ショッカー(仮面ライダーの敵の戦闘員)のような裏声を出し、その声を首の上前方(舌骨付近)に集める(あるいは圧縮していく)ようにしていくと、突然声が「ピロピロピロ・・・」と高速で震えだします。震えているのはおそらく喉頭蓋で、横笛のトリルのような不思議な音になります。震える場所が前方に感じられるので「前」と呼んでいます。

③ピロピロ笛(後ろ)

鼻濁音の「ん(ng[ŋ])」の発音を保ったまま、鼻と喉の境目(上咽頭)付近、もしくはマスケラ(眼の周り~鼻の付け根付近)にギュッと声を集めると、やはり「ピロピロピロ・・・」と高速で震えます。震えているのは軟口蓋、または口蓋垂(のどちんこ)で、感覚的に顔の後方に震えを感じます。

④恐竜ボイス

ファルセットにカルグラーを追加するようにすると、まさに恐竜の鳴き声のような強烈な音が出ます。ディストーションをかけたエレキギターの音色にも似ています。声帯と仮声帯のほかにも振動箇所があるようで、うまくいくと3つの音が同時に聞こえることがあります(トリプルボイス)。サブハーモニクス唱法とも関連がありそうですが、実は僕もまだ仕組みをよく理解していません。

⑤カラスの鳴きまね

口蓋垂(のどちんこ)をこまかく震わせてカラスの真似をします。口に少量の水を含んでうがいしながら声を出しても同じような場所を震わせることができます。振動が安定すると五度下、またはオクターブ下の音が鳴ることがあり、カルグラーに似た響きになります。(カルグラー初心者は混同してこちらの声を出してしまうことが多いです)

⑥オオカミの遠吠え

月に向かってオオカミが遠吠えするように「アオ~ン」と叫びます。四つん這いになって、本当にオオカミに近い体の状態で行うこともあります。背面の筋肉との連動、声道の開き、前方への共鳴腔の拡大(前ゆき)、胸や腹直筋の緊張の緩和など、いろいろな目的のためにしばしば用います。

⑦赤ちゃんの泣き声

これはいわば十種発声の最終目標で、究極にニュートラルな状態である赤ん坊の身体を思い出し、様々なテクニックや雑念を振り払って、ただただ親に助けを求める声を発する、というものです。床にあおむけで寝転んで行うこともあります。体全体がすべてつながって、ひたすらに「声を出す」という行為にのみフォーカスします。

十種発声を教えるということ

以上の発声を「できる」「もうすぐできる・できそう」「まったくできない」の3段階で評価します。

「できない」ものはまだ解像度が低い、筋力が不足している、緊張が過剰であるなどの個々人の課題があるところで、その発声を丁寧に解きほぐしていくことで通常時の歌唱の解像度も上がっていきます。

「できる」ものは、その声でいいろいろと歌ってみたり喋ってみたりして、より自由度を高めていきます。その過程で、普段は無意識のうちにできていることを、意識下でコントロールできるようなるでしょう。

十種発声は、目指す音色が耳と脳で理解できていれば、ある程度自己評価で精度を上げていくことができるプログラムです。もちろんトレーナーによる客観的なフィードバックは必要ですが、生徒さん自身が持ち帰ってあれこれ試行錯誤して自分の声に向き合う時間を持てるというのが利点の一つだと思っています。

生徒さんから新しい発声方法を教えてもらう、ということもあります。「こんなん出るんですけど、これって何なんでしょう?」と聞かれて、自分では全然できなくて、悔しくて(笑)練習した結果できるようになった、というのがピロピロ笛(後ろ)です。相互に新しい発見をシェアしあえるというのも楽しいですね。

そう、この「楽しい」というのが、一つ大きなキーとなっています。十種発声はもちろんトレーニングのために行っているわけですが、その内容はけっこうアスレチック的であり、またゲーム的です。ステージをクリアする感動、難しく見える仕掛けを解き明かしていく快感、そういったものが、とかくストイックになりがちなボイス・トレーニングを娯楽に近いものにしてくれるのではと、最近気づきました。

なので、僕にとっての発声のレッスンは「教授する」という性格よりは、「体験を共有する」「一緒にゲームクリアを目指す」という感覚に近いと思います。それも、年を重ねると次々新しいステージが次々提供される、息の長いゲーム。


十種発声はその組み合わせを僕が考えただけで、別に特許とか商標とかはありませんから、これらの声を出せてそれを人に伝える機会がある人ならば、どんどん使っていってほしいと思っています。十種の内容もトレーナーの得意分野によって変わってもいいと思います。

十種発声は、これらの特殊な声を習得すること、その結果自分自身のニュートラルな声を再発見することを目指したプログラムです。

しかしそういった目的・結果以上に、この発声に取り組む過程で浮き彫りになる「自分自身の声の特性」を受容していくことが何よりも大切です。

歌を歌う人には、是非自分の声を好きになってほしい。
好きにはなれなくとも、せめて嫌いではなくいてほしい。

声の指導者として、一番に願っていることです。

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【参考】

徳久ウィリアムさんとの対談動画