十種発声考(一)

3月から始めた発声3か月エキスパートコースはおかげさまで好評いただき、現在12名の受講者をお迎えしています。

僕のレッスンを受ける方には必ず「十種発声」というプログラムをやってもらっているのですが、この一か月半で実に多くの声のパターンを聞かせていただいて、僕自身も声に対する理解度・解像度がめきめきと上がっている気がします。

十種発声ってなに?

そもそも「十種発声」とは何なのか?ということを、一度もこのサイトで説明していませんでしたね。

十種発声はその名の通り10種類の発声方法を順番に行っていくとういうものです。かなり特殊な発声も含みますが、基本的に人間なら誰でも出せる可能性のある声ばかりです。

コチラの動画で、徳久ウィリアムさんとの対談形式で十種発声について簡単に説明しています。

以前は十種発声の内容について、SNSなどに詳しく書くことは控えてました。

それは、そもそもこのプログラムの内容にまだ不確定なところ、自分でもわかっていないところがあったため確信が持てなかったためです。あとこのプログラムが独り歩きして僕が用済みになったら嫌だなあ、という自意識過剰な杞憂もありました(笑)。

僕自身が経験的にその効能と作用については理解していましたが、多くの方に経験してもらうこと、そのフィードバックをもらうことで、プログラムの有効性と柔軟性が拡大していったのを実感しています。

このタイミングで「十種発声」の目的と内容、注意点などについて、現時点での僕の考えをまとめておこうかなと思います。

十種発声の目的

十種発声はかなり特殊な音響を追求するので、例えば合唱やクラシック声楽などでそのまま使えるような声はあまり入っていません。

そもそも、なぜそんな「変な声」を出さなきゃいけないのか?

その目的はいくつかあります。

①「ニュートラルな声」を発見する

これが最大の目的なのですが、「ニュートラルな声」とは「その人自身の本当の声」とも言うことができるでしょう。

実は私たちは普段の生活や音楽活動の中で、多かれ少なかれ様々な癖や思い込みを抱えたまま声を出しています。

普通に喋っているつもりの話し声ですら、対面で話しているときと電話で話しているときで声色が変わることもあるし、接客業をやっている人などはオフの時と違う声を持っていますよね。

歌をやっている方は、習っている(いた)先生の教えをいつも頭において歌っていると思いますが、例えば「喉を開ける」という指示がこびりついて、必要以上に喉を開けすぎた状態がデフォルトになってしまい、結果的に声が響かなくなっている、というような例も見受けられます。

そういった生活環境や発声メソードからいったん解放されて、個々人の声の楽器=身体から無為な状態で出る声のことをニュートラルな声と呼んでいます。

楽器の形状が違うのでニュートラルな声というのも人によって違います。また育って来た環境、特に言語(方言を含む)の違いも、ニュートラル状態の差となって表れてきます。

自分が本当はどういう声を持っているのか、というのは意外と自分自身ではわかっていないものです。その発声ゼロ地点に立ち返ることで、自分の声の可能性や、声との付き合い方がだんだんと分かってくるはずです。

②声の解像度を高める

十種発声は人間なら誰でも出せる可能性がある、と言いましたが、最初から十種全部できる人は稀です。大体はいくつか苦手なもの、コントロールできないものがみつかります。

その”できない声”の中に、発声の癖や、鍛えられていない筋肉の場所、発声を遮るなんらかの心理的要因などの答えが潜んでいます。それらを丁寧に内観し、一つずつ解きほぐしていくことで声の解像度が上昇していくはずです。

声の解像度を高めるとは、すなわち自分の声がどのように生み出されているかを細かく観察しながら、様々な声色や発声状態の再現性を上げていく、ということです。

これは必ずしも解剖学的な知識を得る、ということだけではなく、声を出しているときの自分自身の体感・心理状態をつぶさに記憶することも大事です。

解像度が上がればいろいろな声を出し分けることもできるし、調子があまり良くないときにそれをケアする方法もみつかります。

③歌をうまく歌う

当たり前だろうといわれそうですが(笑)、こういった特殊な声を使っていると「それが歌に何の役に立つの?」と疑問を持たれることがあります。

上記二つの目的はいわば歌以前の声そのものを磨くものですが、声は歌手にとっての「楽器」です。

例えば上手なピアニストは、ピアノという楽器の特性をよく知っていて、また個々のピアノの特性の違いにも敏感で、その上で自分自身を楽器と一体化させるようにして音を紡ぎだします。

逆に、ピアノという楽器の特性を知らずに上手に弾けるピアニスト、というのはいるでしょうか?

声は人間の体の中から出てきちゃうものなので、「楽器」としてとらえられていないことが往々にしてありますが、やはり上手に歌うためには楽器そのもののケアとメンテナンスが重要です。

またこれらの声を使って曲を歌ってみるということもしばしば行いますが、その後普通の声で歌ってみると、勝手に声のノリが良かったり滞りなく歌えてるようになったりもします。ダイレクトに歌声を整える効果もあると感じます。

④ウォーミングアップに

これは僕自身のことですが、ほぼ毎朝、今日は声を出すぞ!というのが分かっていたら必ず十種発声を行います。

全部滞りなくできれば調子はOK,うまくできないものがあればそれだけ取り出して練習し、最後にまた十種を通します。

大体これで声も身体もすっきり目覚めます。

同じように感じるにはある程度十種発声に慣れないと効果が出ないかもしれません。十種のうちいくつかを合唱団のウォームアップで使うこともあります。

十種発声リスト

現在十種発声に取り入れている発声は以下の10個です。

  1. 吸気発声(ザリザリ)
  2. 吸気発声(クリーン)
  3. 吸気発声(ケトル)
  4. エッヂヴォイス
  5. カルグラー唱法
  6. ホーメイ(喉詰め)唱法
  7. フクロウの鳴きまね
  8. ヤギの鳴きまね
  9. 息漏れ声(スーパーハスキー)
  10. ヨーデル

この順番にもある程度の意味があって、懸垂機構である喉頭に様々な方向からアプローチをし、声帯、仮声帯、喉頭蓋などを繊細に使っていきます。

口腔や唇、顎、舌などにはほとんど関係なく発声できるとういうのも特徴です。喉頭と下咽頭にフォーカスを集中しています。

それぞれの発声についての解説は文字では非常に難しいので、ぜひレッスンにおいでください。

現在では「十種発声アドヴァンス」といって、基本の派生形だったりさらに特殊な発声を加えて行っています。こんな感じ。

  1. 吸気のエッヂボイス
  2. 吸気の猫まね
  3. ピロピロ笛
  4. 恐竜ヴォイス
  5. カラスの鳴きまね(またはうがい)
  6. 赤ちゃんの泣きまね

カラスの鳴きまねは例外的に口蓋垂(のどちんこ)を震わせる発声ですが、鼻腔の開閉に効果があるのでエクササイズとして取り入れました。

ピロピロ笛とか恐竜ボイスとか、訳が分からないでしょう。なかなかに非日常的なサウンドです。

今後も僕のスキルが上がったらもっと種類が増えていくかもしれません。

十種発声をする際の注意

十種発声はそのサウンドの特異さとは裏腹に、正しく行えば喉に負担をかけることはありません。もちろん喉を壊すこともありません。

しかし少し間違えると喉を傷めつけてしまうことがあります。下記の注意が必要です。

  • 今まで使ったことのない筋肉にアプローチしたり、出したことのない声を出すので、初めのうちは喉がびっくりしてむせたり咳き込んだりすることがありますが、それは正常な生理反応です。慣れてくるとむせることはなくなってきます。
    しかし「痛い」あるいは「これ以上続けると血が出そう」などと感じた場合は、そのやり方は間違っていますので、すぐにやめてください。別なアプローチでその声に挑みます。
  • 個々人で楽器の形状が違うため、ある声を出すためのスイッチは人によって異なります。直感でモノマネしたら上手くいく人もいれば、解剖学的な説明をしたらできるようになるという人もいます。その見極めはボイストレーナーの裁量に任せた方が良いでしょう。
  • 初めのうちは、必ずこれらの声を「教えることのできる」トレーナーのもとで実践してください。自己判断では間違ったやり方に陥ってしまう可能性もあります。そういうトレーナー、今のところコエダイr.合唱団の講師陣しかいなそうなんですけど(我田引水)。

自分の声を見つける

十種発声はニュートラルな声=自分自身の本当の声を見つけるためのプログラムだと書きました。

これは発声トレーニングの出発点なのですが、同時に歌を歌っている間はずーっとつきまとう一生ものの探求でもあると思います。

歳と共に、経験と共に、環境の変化に合わせて声は変わります。誰でもニュートラルな声にはその時々の独特な性格があります。

取り繕ったり、何かを押し隠したりしていない、その人自身の本当の声で歌われた歌は、強い説得力と必然性があって、聴いていて心を動かされます。

合唱をやっている方に多いのですが、はみ出したり周りと混ざらないことを過剰に恐れて、声を引っ込めたりマイルドにしすぎた結果、元々の声が持っていた良い響きや色彩を失ってしまうことがあります。

悲しいことです。多分その声では自分自身の体や心とは真のリンクはできていないと思うんです。

そういった呪縛から解放されて、自身の声の魅力や特性に気づいてもらいたい、というのが、十種発声プログラムをやっている一番のモチベーションです。

終わりに

……などと偉そうなことを言うとりますが、僕自身もまだ自分のニュートラルな声を見つけるには至っていない自覚があります。

結構な期間、悪い癖や変な妄念で自縄自縛な歌い方をしていたんでしょう、随分と自分の声を認知するのに時間がかかってしまいました。

十種発声はどちらかと言うと遠回りな発声プログラムです。すぐに効果が現れる「魔法のメソード」なんかではありません

しかし魔法と違って、その効果は長続きします(たぶん)。

現に僕はもう何年も十種発声をやってますが、全然飽きないし、いまだに新しい声の引き出しを見つけることがあります。

十種発声はまだまだ成長するので、このブログに(一)とナンバーをつけておきました。ぜひみなさんも一度このプログラムを体験しに来てみてください。