民謡を海へ還す~『ビッキンダーズ海に唄う』リリース

2022年3月11日、オンライン・コンサートサイトinitium;auditoriumにて、常民一座ビッキンダーズの最新映像作品『ビッキンダーズ海に唄う』がリリースされました。

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2020年末にリリースした『ビッキンダーズ山に唄う』の続編となるコチラは、海にまつわる民謡をあつめ、その故郷である海に唄を還す試みです。

有名民謡もありますが、多くは名もなき常民たちが歌い継いできた唄たちで、楽譜ではなく残された音源から節と歌い回しを習い、それらが実際に海で歌われていたころの声の響き、歌い手の身体感、そして生活の感情を取り戻そうとしてみました。

撮影時のことはこちらの記事をご覧ください。

私が歌った曲を中心に、今回のプログラム構成を解説いたします。

夜明け

オープニングです。歌われるのは「綱打ち囃し」と呼ばれる仕事唄で、漁に使う綱を複数人で力強く縒り合わせるときに歌われるもの。

コール&レスポンス形式の唄ですが、レスポンス側がユニゾンにならず、即興的に不協和なハーモニーをぶつけていくのが面白いのです。ヘテロフォニーともちょっと違う、こういったハーモニー感を日本人は持っていたんですね。

刻々とその表情を変えていく海と空、ラストショットはかっこよくキマってます。

磯の仕事

海で歌われていた仕事唄3曲を続けて。

日下座員による「汐替唄」は、常民の唄には珍しく女声の非常に高い音域で歌われます。一般的に女性が歌う民謡は低めの音域が多いのです。

田村座員による「海女唄は、その名の通り海女さんたちが仕事終わりに唄っていたもの。陽気で楽し気、途中で変拍子的にビートが変わるのが面白い。

3人による「岩海苔取唄」は、男女ともに同じ音域で歌っています。本来の民謡の歌詞はきまったものはなく、常民たちが思いつきで替え歌や新しい歌詞を創作していたはずです。それに倣い、我々も3番と4番の歌詞を新たに創作してみました。

唄の前後のトーク(?)も見ものです(笑)。

岩海苔取唄

 

浜の夕暮れ

撮影日は大変な好天に恵まれ、水平線を西に見る岩井海岸では、筆舌に尽くしがたいほど美しい夕日を撮影することができました。このセクションではその映像美を余すところなく収めています。

日下座員による「烏浜アイヤ」は、夕陽を受ける岸壁で一人酒を手に唄われます。旋律は伸びやかなのに、節々に哀切な響きが感じられます。

私のソロ曲は、宮城県を代表する民謡「斎太郎節」と、その原型の一つである「気仙坂」をつなげたもの。

2曲とももともとは祝い唄ですが、私はある”祈り”をもって歌いました。

野暮になるので多くは語りません。映像と歌声で何かを感じ取ってもられば。

斎太郎節~気仙坂

田村座員による「音戸の舟唄」は代表的な広島県民謡。日が沈み、燃えるような水平線をバックに、力強い低音が響き渡ります。

ビッキンダーズ3人の個性が際立ち、常民の「生活感情」にフォーカスした点で、作品全体の中核ともいえるセクションです。

海への祈り

再び朝を迎えた海。

私の歌う「獅子の泣き唄」は、隠れキリシタンの島・平戸に伝わる美しい唄で、千原英喜さんや大島ミチルさんなどのキリシタンのおらしょをテーマにした合唱作品でも引用されています。

男女の逢瀬と別れを歌った歌詞ですが、今はもう会えなくなった人たちへの思いを乗せています。

ちなみにこの演奏、朝5時に起きて、極寒と強風の中、日の出とともに歌いました。みんながんばった。

次も私のソロで「ケセンの斎太郎」というオリジナル作品。先ほど唄った気仙坂の旋律に、斎太郎節の歌詞を当てはめて歌っています。歌の成立時期としては斎太郎節の方が新しいので、いわば先祖返りともいえる試みです。

先ほどとは別の「祈り」、あるいは「願い」を込めてい唄いました。声も身体も先ほどとは変わっていると思います。

これも是非皆さんの目と耳で感じ取っていただきたいと思います。

ラストは3人で「鯨唄~祝い目出度」という鯨漁の祝い唄。

これはね、とにかくすごい曲なんですよ(笑)。一聴しただけでは何を歌っているかサッパリ分からないし、節もリズムも複雑。カッコいいので選曲したんですが、稽古を始めて「これ本当に歌えるのか・・・?」と途方にくれました。

しかし残された録音を何十回も聴き込むうちに、そこには確かに規則と型があり、そのルールの中で歌い手が自由に遊んでいるのが分かってきました。

それが分かればあとはひたすら稽古。私は音源にあわせて50回くらいは歌いましたが、まるで当時の常民に直接稽古をつけてもらっているような、バーチャル口伝を体験しました。

鯨唄~祝い目出度

エンディング

最後はスタッフロール、最新鋭の映像と、一座のテーマソング「さそり節」を。

この大変な撮影にお付き合いいただいたのは、initium主宰の柳嶋耕太くん、谷郁さんのおふたり、そして勢いでお誘いしたら快く協力してくれた中原勇希くん。

お三方とは寝食もともにし、2日間のハードな撮影旅を終始楽しく過ごすことができました。

それにしても、まさか撮影スタッフが3人とも気鋭の合唱指揮者とは!!!


常民の唄は、歌声を通じて自然と交わり、見えないものへよびかけ、海や山を巡って再び自分の身体へ沁み込みます。

潮の香り、強い海風と舞い上がる砂、途切れない波の音、天候と陽の明暗、不安定な足場、反響するもののない空間、それらすべての条件がその場にふさわしい必然的な声を作り上げます。

この感覚は、室内やホールで演奏しているだけではなかなか感得できないものです。

この作品で、ビッキンダーズの感覚を追体験できるかもしれません。是非、是非、多くの方にご覧いただきたいです!

ビッキンダーズ海に唄う
https://www.initium-auditorium.com/concert/hHUdRaMCoppiLEi1OzZy


「常民」って?「常民の唄」とは?真の民謡とは?

そういった疑問をお持ちの方には、日本民謡と合唱に関するセミナー動画もオススメです。

私が講師を務め、数々の貴重な録音(LP『日本労作民謡集成』より)と、常民一座ビッキンダーズの民謡への取り組み方と基本的な理念についてもお伝えしています。

「海に唄う」とご一緒にどうぞ!

佐藤拓「日本民謡と合唱」~ 私たちは民謡をどう歌うか ~

https://www.initium-auditorium.com/lecture/LJ4YsO6tIwNQIbhbTOu0

民謡, 音楽

Posted by Taku Sato